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EXPOメモリアル 帽子のコレクション3

国際赤十字・赤新月パビリオンで買った、スタッフキャップです。

Expo_Cap_3

ここの感想については、過去の記事に色々と書きました。
国際赤十字館の感想その1
国際赤十字館の感想その2

パビリオンのスタッフが被っていたこの赤い帽子がカッコよくて、売店で見つけたときは本当に嬉しかったです。ここへは都合6回ほど入館しましたが、そのうちの2回目と3回目の入館は、この帽子がお目当てだったことを、ここで告白いたします。 (^^ゞ

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EXPOメモリアル 帽子のコレクション2

国連館の「国連60周年」ロゴ入りの帽子
Expo_Cap_2

”60”の”0”の字が、国連マークになっています。
同じロゴマークのピンバッヂも見つけましたが、こちらは全体のデザインが桜の花の形になっています。
しかし、なぜ国連館のバッヂが桜なのかは不明です。どこかの小学校の校章のような感じの出来上がりです。

こちらが、そのピンバッヂです。

Expo_UN_2


国連館の印象は・・・。何か、あまりまとまりがなかったような・・・ (^_^;)★\ バキ

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EXPOメモリアル 帽子のコレクション1

ドイツ館で購入した「FCバイエルン」の帽子。
Expo_Cap_1

「FCバイエルン」といえば、2002年ワールド・カップのMVP、あのオリバー・カーン選手を思い出します。
帽子の後ろには「WE ARE THE CHAMPIONS」と英語で、側面には「DEUTSCHER REKORDMEISTER」とドイツ語で書いてあります。「ドイッチャーレコードマイスター(?)」=「ドイツ記録保持者」という意味か? (ドイツ語はよく分かりません。(^^ゞ)

この帽子が、愛・地球博の会場内での最初の買い物になりました。

ドイツ館といえば、「エクスペリエンスライド」と呼ばれるミニ・ジェットコースターが呼び物でした。
知らずに乗って、最初にストーンと落とされたときは、大騒ぎしました。 (^◇^;;
結局入館できたのは2回でしたが、何かアトラクションよりも待ち時間のほうの印象が強かったような気がします。数ある外国館の中で、いつも待ち時間が一番長かったのが、ここでしたから。これも「レコードマイスター」ですか。 (((^_^;)

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愛・地球博で思ったこと3 愛知万博は”人間博”だった

「愛知のものづくり絵巻」に描かれていた、瀬戸愛知県館。
Expo_AichiPav

今回の愛知万博は、開幕前のもっぱらの話題は、冷凍マンモスだったりロボットだったり、「環境がテーマ」ということだったり・・・。正直言って、最初はあまり関心はありませんでした。「まあ、1回しか行かないということはないだろうから、全期間入場券を買っておこうか。」と思っていた程度でした。

事実、前評判はイマイチでした。(^^;報道されて来る情報としては、弁当やペットボトルの持込が禁止だという”不満”だったり、内覧会の混乱ぶりだったり・・・。それに加えて、「万博は環境破壊だ」という反対論やら、「IT化の時代に、万博は時代遅れだ」といった万博不要論などいろいろな”雑音”。正直「はたしてコレが成功するのか?」といった、懸念まで頭をもたげ始めました。

しかし実際行ってみた感想は「あら、なかなか良いじゃない!」で、2回3回と通ううちに、すっかりその魅力にハマってしまいました。次回に見たいところをガイドブック等で調べたり、入館の難しいパビリオンには、その”攻略方法”を考えたり・・・。

そして次第に見えてきたのは、「この”魅力”の源泉になっているのは、”人”ではないか?」ということでした。実際今回の万博では、各パビリオンではライブのショーがメインのアトラクションになっているところが目立ちました。上の写真に載せている「長久手愛知県館」それに「瀬戸日本館」など。外国館では定期的に民族舞踊や音楽のショーが開催されていました。そういったライブショーは、会期が進むにつれて内容に磨きがかかり、固定ファンが付いたりして、観客との一体感が深まって行きました。

さらに感じたのは、人とのつながり。外国館では、その国の挨拶を覚えて入ったりしました。中東のある国のパビリオンで、思いがけなくピンバッチをもらった時に、私が唯一知っているアラビア語の挨拶「シュックラム(ありがとう)」を使ってみました。そうすると、いかにもいかつい髭面のアラブ人のおじさんが、とても嬉しそうな顔をしたのが忘れられません。私の場合、そんなぎこちない状態で終わってしまいましたが、中には一生忘れられないような思い出を作った人もいたようです。

万博は、色々な価値観がごっちゃに転がっているのが、何とも面白いものです。特に今回の万博は、先端技術の展示もあれば、市民団体による素朴な展示もある。海外旅行気分で、多少ともスリリングな買い物体験も出来る一方、自然体験のプログラムがあるという感じで、価値観の振幅も非常に大きなものでした。しかもそれらが、一体となって「愛知万博」を進めていました。そういえば、これほど”多様性の尊重”を訴え続けたイベントも少ないと思います。「誰が正しいか、間違っているか。」ではなく、「いろいろな人がいてこそ、広がる可能性」といったものが、会場内全体で表現されていました。

確かに問題も山積していました。最初から言われ続けていたペットボトル持込の問題や、手荷物検査で入場に時間がかかる日も多くありました。なかなか取れないパビリオンの事前予約や、物議をかもした「さつきとメイの家」騒動。加熱する一方だった、朝一番の”整理券獲得競争”・・・。しかし、問題が起きると同時に改善が図られ、観客と博覧会協会の関係は次第に良いものになってきました。会期中、特に目立つ事故や混乱がなかったのも事実です。何か観客全体、それにスタッフやボランティアを含めて、ある種の協力体制が形成されてきていたのを、肌で感じることもありました。

開催決定後の難産の末、非常に多難な幕開けを迎えた愛知万博でしたが、”人と人との出会いを結び付ける”という万博本来の姿を、新たに具現して見せてくれました。ある人は「この万博には、シンボルになるような建物(例えば、大阪万博の『太陽の塔』のようなもの)がない。」皮肉っていましたが、新しい世紀の万博には、そのような”ハコモノ”は必要ありません。愛知万博が見せてくれた、”人と人とのつながり”こそが、そのシンボルだということが出来ます。

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愛・地球博で思ったこと2 国際赤十字・赤新月パビリオンについて(その2)

「マインドシアター」の入り口に書かれていた言葉。
Expo_RedCross_2

この国際赤十字・赤新月パビリオンは、万博が始まってしばらくするうちに口コミで話題が広がって、いつの間にか”人気パビリオン”の1つになってしまいました。この人気ぶりとユニークな展示内容が、新聞やニュースで取上げられたことも、人気に拍車をかける要因の1つでした。とにかく、このパビリオンのある「グローバルコモン2」の中では、待ち時間の長さではアメリカ館などを引き離して、ダントツの1位でした。アメリカ館とは収容力の差があるので、単純に待ち時間の長さだけで人気の度合いを計ることは出来ませんが。(片や1回に約300人、こちらは40人と規模の違いがあります。)しかし、期間を通してほとんど話題にもならなかったアメリカ館との差は歴然とあります。

なぜこれほどまでに、ここの人気が出てしまったのか?人気の秘密は、あの「マインドシアター」の映像だということまでは分かりますが、あの目を背けたくなるような映像の何処にそのようなチカラがあるのか、少し考えてみました。

一番の要因は、解説やナレーションが全くないこと。今見ていることの日時や場所が固定されてしまうと、すべては”もう終わってしまったこと”になってしまいます。しかしそれが特定されないことによって、”いつでも、何処でも起こりうること”になり、もしかしたら”これから起きること”になるかもしれないという、想像にまで発展します。すなわち、「ひょっとして、自分があの映像の中に出てくる銃を撃ちまくる男かも、撃たれる子供かもしれない。」という戦慄。

ここで思い出されるのは、シアターの入り口に書かれている言葉、「人間は、右の手で戦争をして人を殺し、左の手で赤十字を作って人を助ける。あなたはその両手で何をしますか?」です。

人間は、誰でも闘争本能や競争心や自己中心的な正義感を持っています。目の前を、のろのろ走っている車があれば、追い抜きたくなるし、ルール違反をした車を見れば、クラクションを鳴らして警告したくなる。そんなごく日常的な感情の揺れが際限もなく増幅していったら・・・。そこに武器と、もっともらしい大儀があれば、誰でも”殺す人”に転落してしまいます。
「私は平和主義者だから、べつにそんな心配はない。」といっても、怪しいものです。自分の中の「殺す手」を否定して、無いことにしてしまっても、逃れることは出来ません。それは自分にくっついているもので、切り捨てて逃げることは出来ないものですから。
むしろ重要なのは、それを自覚して、「殺す手」を使わないようにすること。自覚することによって、これをコントロールすることの手立てを考えることも出来るのではないか?いわば、心の中の”防災訓練”ですね。

ここで重要なのが、もう一方の「助ける手」です。これも、もともと人間が持っているものならば、「この『助ける手』を使うように切り替えることはできないか?いや、できるはずだ!」とも、考えることが出来ます。これは非常に難しいことだとは思いますが、これがわずかな可能性であってみても、賭けてみようという気持ちになります。

このパビリオンの映像を、私は以上のように解釈しました。これは私の解釈であって、受け取り方は人それぞれだと思います。しかし、これだけ重い映像を見せられた後に感じるある種の感動は、この人間が持つ「助ける手」に賭ける希望を、無意識ながらも感じされられることに起因しているのではないかと思います。

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愛・地球博で思ったこと2 国際赤十字・赤新月パビリオンについて(その1)

国際赤十字・赤新月パビリオンの外観
Expo_RedCross_1

このパビリオンは、「万博の全パビリオン入館」という目的がなかったら、おそらく立ち寄ることがないまま終わってしまっていたかもしれません。「グローバルコモン2」の比較的良い場所に位置しながらも、国際機関出展のパビリオンだし、いかにも”硬そう”なイメージだし。実際、万博が始まってすぐの頃は、スタッフが「すぐに座って、シアターをごらんいただけます!」といった呼び込みをしていました。そんなわけで、あまり期待をせずに入館したのが、この「国際赤十字・赤新月パビリオン」でした。

メインの展示は、中央にある「マインドシアター」。ガイドブックの解説を読んでみても、具体的なイメージはつかむことは出来ませんでした。薄暗いシアター内に、壁に沿って背もたれつきのベンチが並んでいて、それに寝転がって、天井の4面のスクリーンを見るという仕掛けになっていました。

そして流れ始めたのが、Mr.Childrenの「タガタメ」。曲そのものも何気なく始まりますが、映像もごく普通の美しい映像で始まります。しかし、曲が一転して急迫すると、世界各地の悲惨な映像が束になって襲い掛かってきます。すなわち、飢餓でで痩せ細った子供、まだ記憶に新しいスマトラ沖地震の津波、阪神大震災で倒壊した高架橋、何処とはわからない被災地で泣き叫ぶ男、息子の遺影を前に涙を流す母親・・・。見ているほうも、「こっ、これは・・・」と目を釘付けにされます。

替わって映し出されるのが、国際赤十字によるさまざまな支援の様子。支援物資や水を手に微笑む少女、救援隊員とハイタッチをして歓迎する少年、予防接種を受けながら、いかにも「痛くないぞ!」と目をくりっとまわしてにやりとする子供(こんな経験、だれにもありますね。)。曲もボーカル部分が一区切り付いて、「これで終わりか。」と、ちょっとほっとした気分にさせてくれます。

しかし、本当の”衝撃”は、この後に来ます。

「タガタメ」も、サビの部分のリフレインに入り、ほとんど絶叫調になります。そして画面に登場するのは、ロケット砲のようなものを担いで、ぞろぞろと現れる少年兵。「なんだなんだ!コイツラは?」と、思わず言いたくなります。そして前後のつながりはわからないものの、激しく銃を撃ちまくる男たち。そして、銃撃戦から逃れようとして、一瞬空中でピクンと硬直したまま、次の瞬間地面に投げ出される少年・・・。
「これって、映画なんかじゃないよね。本当に人が撃ち殺されたところだよね!」見るほうも、心の中で思わず叫んでしまいます。
そして、路上に放置されたままの死体・・・。ここまで来ると、言葉も出てこなくなります。

追い討ちをかけるように、なおも映像は続きます。マドリードの列車テロの映像では、画面内で爆発が起きると同時に、シアター内にも閃光が走るという演出まで付きます。
そして、地雷で両足を失った男が歩き出そうとし、リハビリに取り組む男たちの映像が続き、最後は子供をつれて長い道を歩き去る、義足の人の映像がゆっくりと消えてゆきます。

最初にこの映像を見たとき、ショックで口も利けなくなってしまいました。

そして、映像も音楽も全くない暗闇の一瞬の後、ギターの優しい音色が聞こえてきて、シアター内が明るくなります。ここで今まで張り詰めていた涙腺が、一気に緩みます。シアター前に並んでいる、次の回の入場待ちの人に顔を見られないように、そそくさと出ることになります。

シアターを出た後の展示ホールでは、この映像を見た人の感想が壁一面に貼り出してあります。そして、いかにもボランティア風のパビリオンのスタッフが、「何か一言感想を書いていってください。」と言っていますが、とてもじゃないが今体験した衝撃を、気の利いた短い言葉で表現することなど出来るわけがありません。私は前後6回ほど、このパビリオンには入館しましたが、一度もここにメッセージを残すことは出来ませんでした。(そのかわり、ここで長々と書いています。)

そして、パビリオンを出てきて、外の万博の空気にもう一度触れたときに感じたことはこうでした。「ざまーみろ!テーマパークじゃ、こんなことは出来ないだろう!」やはり、万博だから出きることで、意義のあることだと思います。
そして、何故か感じる不思議なカタルシス。普通なら、1回見たら「もう、いい!」ということになりそうなこの映像から、このような感動はどこからくるのか、とても興味深いものでした。そして私自身、この問いに対する明快な回答は、まだ出せていません。

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愛・地球博で思ったこと1 瀬戸愛知県館について

瀬戸会場の、ほぼ全景。
白い、かまぼこ型の屋根が、瀬戸愛知県館。その向こうが「海上の森」。
Expo_SetoSite

今回の万博で、私が「ここが良かった!」と推薦したかったパビリオンは、いくつかありますが、そのうち上位を占めたのは「長久手愛知県館」「国際赤十字・赤新月館」「瀬戸愛知県館」の3館でした。
愛知県館が2つも入ってはいますが、別段私は愛知県の回し者ではありません。 (((^_^;)

3館とも、発信しているメッセージが重要かつユニークで、さらに見せ方も上手かったと思います。万博が始まる前は、正直言って上記3館は、あまり期待をしていませんでしたが、見事に良いほうへ期待を裏切ってくれました。うれしい誤算の筆頭でした。
「国際赤十字・赤新月館」については、別の記事に譲るとして、ここでは「瀬戸愛知県館」について、思ったことを書いてみようと思います。

「瀬戸愛知県館」のメインの展示は、シアター「森の劇場」でした。木の感触にあふれた、階段教室のようなシアターに、パビリオンの壁1つ隔てた外に広がる「海上の森(かいしょのもり)」に息づく、さまざまな動植物が映し出されました。まず、「森は歌っている・・・」という意味の女性コーラスがながれ、さらにソプラノのソロの生の歌が、さわやかさを盛り上げます。すると映像に髭のおじさんが現れて、この森のここ100年ほどの歴史と、このパビリオン建設の経緯を話し始めます。

いわく。「最初は、この森全体を使って、万博の会場にする予定で、万博後は住宅地にする予定だった。しかし、ここで貴重な動植物が発見され、万博に反対の声が高まり、その結果会場計画は大幅に縮小され、森の片隅に現在のこのパビリオンが建設された。その建設も、自然環境を破壊しないように極力注意が注がれ、最初は伐採されるはずだったコナラの木も、パビリオンの中に移植するようにした。(最初に登場するオペラ歌手は、そのコナラの木の妖精といった役回りです。)」そして最後に、こう言います。「いや、この森を残せてよかった。」

普通に考えれば、このストーリーは、自己矛盾も甚だしいものです。すなわち、「森を破壊しないために、パビリオンを建設した。」という趣旨ですから。ただし、理屈だけでものを考えれば、こうなります。
すなわち「開発か・自然保護か」「経済活動か・環境保護か」という二元論に立つ限り、どちらか一方だけしか取捨選択できなくなります。しかしこれでは、物事は解決しません。

今回の万博のテーマの1つに、「持続可能な成長」という概念がありました。言葉を変えると、「長久手愛知県館」で提唱されていた、「環業革命(環境に配慮した産業形態へのシフト)」ということになります。すなわち「経済活動と環境保護は両立する(むしろ両立させなければならない)」ということ。この「持続可能な成長」への試みは、今回の万博では、あちこちで見ることが出来ました。すなわち、ゴミの徹底した分別、新エネルギーの活用、「もったいない」が万博の流行語になりました。
実際、行政と市民団体が、この海上の森問題で対話を進めるうち、お互いの不信感を払拭することが出来、万博史上初めての市民団体の参加という形で、実を結んだということです。

対立したまま先に進まないのではなく、両者を融合させて先へ進めることが大切であり、どこかで妥協点を見出さなければならない。たとえその妥協の産物が、ベストのものではなくても、よりベターなものにすることは出来る。その解決策の例が、この「瀬戸愛知県館」でした。

最初は、この試みが上手く行くのかどうか、不安が残りました。しかし、自然はすぐに答えを出してくれました。移植したコナラの木は新しい芽を吹き、この木にムササビが毎夜訪れるようになったのです。実を言うと、ムササビが自由に出入りできるように、パビリオンの壁には当初から穴が開けてあったそうです。

「海上の森」は国立公園のような、いわゆる”手付かずの大自然”ではありません。かつては人間の経済活動によって、一度は禿山になった場所です。すなわち、陶土を採掘するために掘り返され、燃料の薪を取るために木は伐りつくされました。それを、明治の頃から100年かかって現在の森に”復元”したものです。いわば”人間の叡智”によって回復された森。ここで万博を開催して、この森を残し、この森から多くのことを学ぶことが出来たのは、非常に意義のあることだと思います。「いや、この森を残せてよかった。」の言葉は、改めて重みを持っていたことがわかります。

参考資料:
海上の森と愛知県館について、より深く知ることの出来る本です。
「山根一眞の愛知万博『愛知県館』 でら ガイド」。 発行:小学館。

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